誇れるものだけを。季節のめぐりと循環にゆだねる、柿と葡萄。

柿之屋

福岡県・朝倉

福岡県朝倉市杷木町・志波地区。南向きの斜面いっぱいに柿の木が広がり、太陽の光を浴びて輝いている。この地で「柿之屋」を営む秋吉智博さんは、夏に葡萄を、秋から冬に柿を育てる。

南向きの斜面いっぱいに広がる柿之屋の柿畑

志波の斜面に広がる、柿畑。

福岡県は、古くから柿の産地として知られている。なかでも朝倉市杷木の志波地区は南向きの傾斜地が多く、柿の栽培に適した土地とされてきた。この地で育つ柿は「志波柿(しわがき)」と呼ばれ、地域ブランドとして親しまれている。

秋吉さん:「この辺りは柿の産地なので、兼業でやっている方もいれば専業もいます。朝倉が産地として育ったのは、南向きの土地で日当たりがいいからでしょうね。戦後、甘いものが少なかった時代に果物が流行って、この辺りは柿が良かったみたいです。近くの田主丸で苗木の生産が盛んだったこともあって、この地に果樹が広がっていったんだと思います。」

柿之屋の畑の始まりは、100年以上前に曾祖父が植えた一本の柿の木だった。以来、高齢化などで畑を手放す近隣農家の土地を受け継ぎながら、その敷地は約1万3000坪と、当初の倍以上にまで広がっている。園には樹齢80年ほどの木が並び、なかには100年を超える古木もそびえる。育てているのは富有・早生富有・太秋・西村早生・伊豆早生と、それぞれに違った風味を持つ品種だ。

樹齢を重ねた柿之屋の柿の古木

柿農家として、県内ではじめて。

柿之屋が農薬の使用を抑えた栽培に切り替えたのは、今から15年以上前のこと。当初は生産量が半分以下にまで落ち込んだ。それでも歩みを止めず、2006年、柿農家としては福岡県内ではじめて「ふくおかエコ農産物」の認証を取得する。化学農薬の使用回数と化学肥料の使用量を、県が定める基準の2分の1以下に抑えた農産物に与えられる認証だ。現在は、農薬の散布量を切り替え前のおよそ3分の1未満に、極限まで抑えながら栽培を続けている。

秋吉さん:「農薬を撒くと、自分も、一緒に栽培している家族もそれを浴びるでしょう。農薬について調べれば調べるほど、なんだかモヤモヤしてしまって。自分で納得できていないものを、胸を張っておすすめすることはできなかったんです。生産者が自分では食べないけど売る、みたいな話はよくあるじゃないですか。そういうことは自分にはできないし、絶対にやりたくなくて。」

除草剤も使わないため、草刈りは自分たちの手で行う。園地に草が生い茂っているのは、自然の力にできるだけ委ねている畑の姿でもある。

秋吉さん:「除草剤や農薬・化学肥料は、植物の光合成や土の中の微生物の働きを抑えてしまう面もあると思っていて。柿本来の甘みや香り、おいしさを引き出すために、できるだけ自然に近い栽培を心掛けています。」

草が生い茂る柿之屋の園地

一果の栄養を決める、1秒の判断。

果樹の栽培は機械化が難しく、草刈り以外のほとんどが手作業だ。高い木に脚立をかけての剪定、小さな実を間引く摘果——どれも繊細な見極めを要する。

秋吉さん:「柿の木の養分は”100”で決まっています。それをどこに分散させるかが重要なので、枝の剪定も小さな実を落とす作業も、いわば”1秒”の判断です。遅くなればなるほど養分の分散が遠くなって、無駄が増えてしまうんです。」

十分な栄養を行き渡らせるため、一本の枝につく実は1〜2個に制限する。自然に委ねる分、天候の影響は大きく、収穫量は年によって20〜50トンと幅がある。農薬の使用を抑えはじめた当初は、台風の影響も重なり、収穫が半分以下にまで落ち込んだ年もあったという。

秋吉さん:「柿の木1本に実が1個しかなっていない、というレベルの木が何本もあって、本当にびっくりしました。完全に自分の見誤りです。大事な時にだけ最低限の農薬を使いますが、そのポイントを見極めるのが本当に難しい。木は何も言わないので、こちらが判断してあげないといけないんです。」

四六時中、柿のことを考えている。夜中に気になって畑へ見に行く日もある。それでも、その試行錯誤こそが面白いのだと笑う。

秋吉さん:「そのほうが飽きないんですよ。柿の収穫は一年に一回なので、もう自分もあと30回くらいしか経験できない。だからこそ、いかにその時間を充実させるかを大切にしています。」

剪定・摘果作業をする秋吉さんの手元

柿から豚へ、豚から土へ。

規格外の柿には、廃棄せずに活かす道がある。隣接するうきは市の養豚場「リバーワイルド」へ運ばれ、豚の飼料になるのだ。柿を食べて育った豚は「柿豚」と名付けられ、ほんのりとした甘みをまとった、やわらかい肉になるという。そして柿之屋がその対価として受け取るのは、豚糞堆肥である。

土づくりに欠かせない堆肥を、コストを抑えて手に入れる。一方の養豚場は、付加価値のある豚を育てる。柿が豚を育て、豚が土を育てる。この地域で、そんな循環がかたちになっている。

秋吉さん:「肥料はその堆肥をわずかに使う程度で、過剰な栄養は与えません。年に3〜4回の草刈りで、刈った草はそのまま緑肥になる。剪定した枝も土に還ります。庭先で自然に育つ渋柿のように、木自身が土壌から必要な栄養を吸い上げてくれるんです。」

「柿の木は、地上に見える木の大きさと同じくらい、根が土の中に広がっている」と教えられたという秋吉さん。「だからきっと、隣の木と地中でつながっているのかもしれませんね」と笑う。

柿の木の根元と土壌

網目模様が、熟れどきの知らせ。

収穫は10月中旬から12月中旬にかけて。柿之屋がこだわるのは、完熟を待ってから収穫することだ。

秋吉さん:「柿は樹の上でしか甘くならないので、ぎりぎりまで完熟させます。色が濃くて、網目模様が入った柿が、しっかり熟している合図なんですよ。」

完熟した柿は、一般の市場ではあまり出回らない。出荷から店頭に並ぶまでに時間がかかり、その間に柔らかくなりすぎたり、傷んでしまうためだ。そのため市場には、完熟の一歩手前で収穫された、状態の崩れにくい柿が並ぶことが多い。

柿之屋は、完熟で収穫したものを、そのまま直接お客さまのもとへ届けている。シャクッとした食感と、濃い甘さ。病害虫や台風をくぐり抜けて実った、数の限られた果実だ。

秋吉さん:「11月中旬ぐらいになると、うちの園の柿の木が紅葉するんです。パートのスタッフも場所を間違えないくらい、はっきり差が出ます。色付きも良くて、その時期になると『この育て方を続けてきたのは悪くないな』と思いますね。」

完熟した柿之屋の柿

夏も、秋も。季節を届けるしごと。

柿之屋のもうひとつの顔が、葡萄だ。夏は葡萄、秋から冬は柿。季節がめぐるたびに、「秋吉さんの葡萄が食べたい」「秋吉さんの柿が食べたい」という声が届く。

葡萄もまた、「ふくおかエコ農産物」の認証を受けている。その鍵を握るのが、ハウスで育てるという選択だ。

秋吉さん:「葡萄はとにかく雨に弱いんです。露地で作ると、逆に多くの農薬を使わなければいけなくなる。ハウスで雨を防ぐことで、農薬は半分以下に収めることができます。」

育てているのは、種ありの安芸クイーンや巨峰から、シャインマスカット・高妻・伊豆錦といった種無しの黒葡萄・青葡萄まで、多彩な品種。なかでも安芸クイーンは、濃い甘さと独特の香りを持つ人気の品種だ。巨峰もまた、豊かな香りと濃い甘さ、すっきりとした後味で園を代表する。

35℃を超える日が続く真夏も、管理作業とたっぷりの散水は欠かせない。実の残し方にも細やかに気を配る。房が下を向いて育てば、葉やヘタが自然と実を日焼けから守ってくれる——そんな判断の積み重ねが、そのまま味に表れる。

秋吉さん:「糖度センサーでの計測と食味検査を何度も繰り返して、おいしく仕上がったものから収穫していきます。葡萄は年々良くなってきていますね。」

柿之屋の葡萄

誇れるものだけを、届けたい。

18歳のとき、父が亡くなった。祖父も高齢で、栽培のノウハウを直接教わる機会はほとんどなかったという。県の農業大学校に通い、20歳で畑を継いだ。

秋吉さん:「栽培に関してはほとんど教わっていなくて、独学で参考書や資料を頼りにやってきました。父の日記が20年、30年分くらい残っていたので、それを一度データにまとめて、表に見やすく落とし込んで。何冊にも渡る記録になりました。分からないことばかりで、本当に試練だと思いながらやってきましたね。」

就農から3年ほど経った頃、「柿之屋」という屋号を掲げるようになる。同時に、それまでの市場流通から、個人や店への直接の販売へと舵を切った。

秋吉さん:「生産の努力や苦労、工夫を伝えられる方、方針を理解していただける方に、うちの果物を食べてもらいたいと思ったんです。胸を張って、誇れるものだけを届けたい。そういう気持ちでつくっています。」

秋から冬は柿、夏は葡萄。季節がひとめぐりするあいだ、秋吉さんは今日も木のそばに立っている。その手から届く一玉に、この畑の時間が流れている。

柿の木のそばに立つ秋吉智博さん

文・写真:emma. Inc.

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